自己啓発

人は何のために生きるのか?

今は不安の時代

令和が始まって3年が経ちました。

ニュースを見ると暗いニュースばかりです。

今は昔と違って、住む家がなかったり、食べ物に困ったり、着る服がなかったりすることはほとんどありません。

そういう意味では豊かなはずなのに心は満たされない。また、心の満たし方がわからない。

休日は仕事の疲れを回復するだけ。ただ、YouTubeを観ている、ただ、ゴロゴロしている、ただ、家にいる。

自由なはずなのに閉塞感がある。

いったい何のために生きているのだろう?

会社へ行き、したくもない仕事をして、帰ってきてはただただ寝るだけ。

テレビをつけると、芸能人の不倫のニュースで盛り上がっている。そんなニュースを観て、「あほやなあ。せっかく成功しているのに…」とか「絶対に許せない!」などと思い、その思いをSNSに投稿する。

成功している人のゴシップがたまらなくおもしろい。見てしまう。

でも、子どものころに描いた「大人になった自分」はこんなんじゃなかったはずだ。

子どものころの自分が、今の自分を見るとどう思うだろう。

もっともっと輝いていたはずだ。なのに何だこの現実は!?

少なくとも他人の不幸話で心が少し満たされている自分なんか想像していなかった。

こんな風に思っている方は、少なくないと思います。

中には、そんな思いから犯罪や不祥事に手を染めてしまうなんてことも…。

こういう時代に必要なものは、「人は何のために生きるのか」という根本的な問いです。

人は何のために生きるのか

生きている間は、欲に迷い、惑うのが人間という生き物の性です。ほおっておけば、私たちは際限なく財産や地位や名誉を欲しがり、快楽に溺れかねない存在です。

そうならないために必要なのが「人間は何のために生きるのか」という根本的な問いです。

その答えは「心を高めること」と「魂を磨くこと」です。

生まれたときよりも少しでもましな人間になる。すなわち、わずかなりとも美しく崇高な魂をもって死んでいくために私たちは生まれました。

昨日よりましな今日であろう。今日よりよき明日であろう。

日々、誠実に努める。その弛まぬ作業、地道な営為、つつましき求道に、私たちが生きる目的や価値がたしかに存在します。

飽きたり、怠けたりせず、一生懸命に生きていく。

しかし、それはとてもわかるのだけど、それができないから困っているんだという声が聞こえてきそうです。

そうです。

生きていくことは苦しいことの方が多い」のです。

良いことと悪いことは、50対50(フィフティーフィフティー)ではなく、どちらかというと悪いことの方が多いのかもしれません。

しかし、悪いこと(苦しいこと)は負の側面だけしかないのでしょうか?

実は違います。

労苦は、おのれの人間性を鍛えるための絶好のチャンスです。

様々な試練を「機会」としてとらえることのできる人は、限られた人生を本当に自分のものとして生きていくことができます。

成長は、失敗や挫折からするものです。

ただ、失敗や挫折を人や環境のせいにしているようでは、成長はできません。

失敗や挫折を自分を成長させてくれる「機会」と捉えることのできる人は、失敗や挫折が自分を成長させてくれることを知っている、もしくは体験している人です。

このように心の持ちよう次第で人生はいかようにもなります。

世間では、高い能力を持ちながら心が伴わないために道を誤る人が少なくありません。自分さえ儲かればいいという自己中心の考えから不祥事を起こす人がいます。

才覚が人並みはずれたものであればあるほど、それを正しい方向に導く羅針盤が必要となります。その指針が理念や思想、または哲学となります。

どのような哲学が必要か

才能があるないに関わらず、哲学は必要です。

哲学とは、人格を作るもので、「人格=性格+哲学」となります。

  • 性格(人間が生まれながらにもっている性格)木の幹
  • 哲学(その後の人生を歩む過程で学ぶ身につけていく哲学)根っこ

では、どのような哲学が必要なのか。

それは、「人間として正しいかどうか」です。

これらは小学校で教えられるようなことです。

  • 嘘をついてはいけない
  • 人に迷惑をかけてはいけない
  • 正直であれ
  • 欲張ってはいけない
  • 自分のことばかり考えてはいけない

一般に広く浸透しているモラルや道徳に反することをして、うまくいくことなど一つもありません。

シンプルな基準ですが、それゆえ筋の通った原理です。人間として正しいことを追求するという単純な、しかし力強い指針です。

心を高める方法

心の持ち方について、先ほどは述べました。

次に人格を練り、心を高める方法について述べていきます。

人は何のために生きるのか?」

それは、心を高め魂を磨くためです。

では、心を高めるためには具体的にどのようにすればいいのか?

もしかしたら、自分探しに出かけたり、お寺に修行に行ったり、滝に打たれたり、なんて考える人もいるかもしれませんが、そうではありません。

心を高める方法、それは一生懸命に働くことです。目前の仕事に脇目もふらず打ち込むことです。

働くことは、生活のため、家族を養っていくためだけだと思っていませんか?

確かに働くとお金を得ることができます。そして、そのお金で生活をします。家族がいる方はそのお金で扶養していくことになります。

しかし、働くことの副次的な機能はそれだけではありません。

  • 欲望に打ち勝ち、心を磨き、人間性をつくっていく
  • 1つのことに打ち込んできた人、一生懸命に働き続けてきた人というのは、その日々の精進を通じて、おのずと魂が磨かれていき、厚みのある人格を形成していく

労働とは経済的価値を生み出すのみならず、まさに人間としての価値をも高めてくれるものです。

だから、何も俗世を離れなくても、仕事の現場が一番の修養の場であり、働くこと自体がすなわち修行。日々の仕事にしっかりと励むことによって、高邁な人格とともに、素晴らしい人生を手にいれることができます。

哲学は懸命の汗から生じ、心は日々の労働の中で研磨されます。

1日1日を「ど真剣」に生き、一度きりの人生を無駄にすることなく真摯に生き抜いていく。

それこそが心を高め、魂を磨く方法なのです。

まとめ

人間は何のために生きるのか?

その答えとなるものは。

心を高めること」と「魂を磨くこと

心を高め、魂を磨く一番の方法は。

一生懸命に「ド」がつくほど真剣に働くこと

最後まで拝読くださり、ありがとうございました。

(参考文献)

「生き方」稲盛和夫 サンマーク出版